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「ギャンブラーと2度結婚した女」 前編

第二章
出産の日を迎えました。しかし、夫になった男は、出産費用を出してくれませんでした。
私は退院する間際にATMで、クレジット会社から現金を借りて支払いました。
その時の夫の言葉を今でもはっきり覚えています。「はぁ~?なんで?俺が出すの?そんな金あるワケねーじゃん。」
それからも、夫は生活費を入れてくれませんでした。毎日の粉ミルクとオムツに困りました。
赤ちゃん用の布団も、着る物も、満足に買えませんでした。
その頃の夫は、平日は仕事帰りにパチンコ、休日も店の開店に並ぶため、朝一番に出掛けて行きます。
唯一の子供手当ても、子供のためには使われず、パチンコに賭けるお金になっていました。
私はもう、どうにもやって行けず、
赤ちゃんを寝かせた後、深夜のアルバイトをして一日一日をしのぎました。

夫は、最初の頃はそれでもパチンコ屋の閉店時間を過ぎれば家に帰って来ていたのですが、
そのうち、だんだん帰りが遅くなっていきました。朝方早くにシャワーと着替えをしにだけ、姿を見せる程度になりました。
こうして夫は、給料も、ボーナスも、子供手当ても、全て自分のためだけに使い、家庭を顧みず、
自分勝手に生活し続けたのです。

このように、夫はまるで別人の様に私への態度を一変させたのでした。
この頃の夫は、出会い系サイトで女性と会っては、スリルで楽しい時間を過ごしていました。
実は私、パソコンから出会い系サイトに投稿した、夫の自己紹介の文章を読んだことがあります。
「はじめまして。僕は独り暮らしをしています。
寂しいので、猫を飼っています。」‥私は猫になっていました。

そんなある日、重大な事件が起こります。夫の車からカバンが盗まれたのです。
カバンの中にはクレジットカードが9枚ほど入っていました。当時のクレジットカードのキャッシングは上限が高く、
500万~800万借りられるカードがほとんどでした。
また、高金利で返済総額がとてつもない金額になることが当時のキャッシングの特徴でもありました。
夫は、そのような物を9枚も作り、常にカバンに入れて持ち歩いていました。そして、そのカードは、
盗まれたその日のうちに、9枚全部、上限いっぱいの金額で、キャッシングされていました。

さて。そこで皆さんきっと、「ん?盗まれても暗証番号を正しく入力しなければキャッシングできないんじゃない?」
と、思われたと思います。はい。私もその時そう思いました。
聞けば、9枚のカードは全て9通りの暗証番号で、同じ数字は無かったと言うのです。
ではなぜ、盗んだ犯人はお金を下ろすことが出来たのでしょうか。
そのことについて問いただしてみると、夫はやっと答えました。
「忘れないように、それぞれのカードの裏に暗証番号を書いておいた。」‥私は呆れかえって言葉も出ませんでした。

そしてもう一つ、当時のクレジットカードは、紛失して2日以内にクレジット会社に届け出をせず、
不正に使用されてしまった場合、名義にある本人が全て責任を負わなければならない。とあったと記憶しています。
夫が車からカバンを盗まれてから、クレジットカード会社に連絡するまで既にに2日を過ぎていました。
まあ、そもそも、暗証番号が易々と分かる様な方法でカードを管理していた時点で、
どっちみち本人の過失になり、全額負担には変わりは無かったと思いますが。とにかく、
その日から私たち夫婦は、いきなり借金地獄に陥ってしまったのです。

返しても、返しても、返しても、まだまだ返さなくてはなりません。
月々30万円近くの返済でした。それがまだまだ何十年も続きます。最初は必死になって
返していました。でもだんだん疲れてきました。
最低限の生活が出来る金額で返済したくて、弁護士に相談してみました。
すると、完済まで130年掛かるといわれました。
途方に暮れました。まだ犯人は捕まらないのかと警察署に行ってみました。
犯人が使用したATMの防犯カメラの映像を見せてもらいました。ライダースジャケットを羽織り、
ハンチング帽を深々と被った女性が映っていました。肩まであるウェーブヘアの女性でした。
若そうな白い肌が見えましたが、顔は隠れていてよく分かりませんでした。それを見て私はピンときました。
「ああ、夫は出会い系サイトで知り合った女にやられたんだ。だから車のドアをこじ開けた形跡が無かったのか」
車に傷一つ付けずにドアを開けたピッキング被害に、“新手の手口”と警察官も感心していましたが、
そもそも夫の車は、こじ開けらてなど無かったのです。
犯人は、正々堂々と車に乗り込み、伸ばせばすぐに届くカバンに手を掛けて、いとも簡単に盗んで行ったのでした
。映像を見て考え込んでいる私に、警察官がこう言いました。「だいたいね、こういうのは犯人が奥さんだっりするんだよねぇ。
ご主人への不満とかでよくあるのよ。」私は、私がやったのでは無いと主張すると、
警察官は続けて「この手の犯人は捕まらないよ。ほとんど捕まらない。無理」と軽く言い放ちました。

私はもう、頑張ることが出来なくなっていました。
「離婚してください。自己破産は私と別れてからしてください。」私はそう言って、夫に片方だけサインしてある
離婚届を差し出しました。すると夫はすぐに自分の方を書きました。そして翌日、家の中から夫の物が
すっかり無くなっていました。私が仕事で家を留守にしている間に荷物を運んで行ったのでした。
こうして、「僕が守ります。」と言った男と私は、こんな風に、最後は何とも呆気なく、終わりを迎えたのです。

私はこの男と離婚したあと、それまでずっと張り詰めていた緊張の糸が切れ、抜け殻の様になり、
自暴自棄になって、精神的に不安定な状態が続きました。
孤独で、愛に飢えていて、母親としての感情さえも失っていました。
母も子も、ずっと地獄の底に落ちたまま、喜怒哀楽を失ったまま‥。子供は3歳になったばかりでした。

これで『2度ギャンブラーと結婚した女。前編』は終了です。

さて、このお話しは後編へと続いて行くわけですが、皆さん既にお気付きの通り、
私はその後、またもや新たなギャンブラーと結婚してしまうワケでして、
これからその後編のお話しを続けますと、とてつもなく長い文章となってしまいますので、
今回はここまでのお話しで終了させて頂きたいと思います。
もし、いつかまたお話しさせて頂く機会を頂戴しました時には
『2度ギャンブラーと結婚した女。後編』
発表する予定でおりますので、何卒ご承知おきくださいます様宜しくお願い致します。

最後に。私がこうして今日一日を穏やかに過ごせるのは、自助グループに繋がり、
仲間の皆さんがいつもそばにいてくださるからこそです。この奇跡に感謝し、
これからも回復を目指して繋がり続けて行きたいと思っております。

長文になりましたが、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
メッセージ

正直な気持ちを赤裸々に語って下さったRさんには、感謝の気持ちで一杯です。
心から・・・ありがとうございます。
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