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グレイス・ロードに繋がった 依存症者の「声」です

パチンコサイクル      T (27才・パチンコ)

私のギャンブル歴は6年、アディクションはパチンコです。
パチンコを始めるきっかけは大学生時代の居酒屋のアルバイトでした。当時30代のバイトの先輩がいて、その人からパチンコの打ち方、また店長に見つからずにお店のレジからお金を盗む方法を教わりました。その時の私は、これもひとつの人生経験の一環、程度にしか考えておらず、まさかギャンブルによって自分の生活があまりにも狂ってしまうことなど考えもしませんでした。
就職が決まることでアルバイトも終わり、いつしか盗みの対象が、親の預金通帳のお金に変わっていました。会社で働きながらもパチンコで負け、自分の給料の余裕がなくなれば、親の目を盗んで銀行へ行き、親のカードでお金を引き出す。そんなことを繰り返していました。
会社で入社2年目になる頃、さすがに通帳履歴を不審に思った親が銀行に問い合わせを行い、警察に許可を得て監視カメラの確認をすることで、私が犯人であることを知ります。
親は私が一人暮らしを始めること、また月々仕事の給料から盗んだお金を返していくようにと、私に伝えました。当時の私も自分の行為を明らかな異常行動だと認識はしており、ただギャンブルを意識すると自分のお金とそれ以外の区別がつかなくなっていました。
親から伝えられた内容の通り、私は一人暮らしを始め、月々のお金も返していきました。ただ、約1年後、盗んだお金の40万は返し終えたものの、私のパチンコ通いは止まってはおらず、親にお金を返し終えた頃に、私は消費者金融の契約を済ませていました。
そこから1年に100万~150万のペースで借金は増え、限度額まで借りると、今度はクレジットカードのショッピング枠の現金化を始めました。購入した金券や衣服を他店で転売したり、現金化業者を使うことで一時的な生活の足しにしていました。
しかし結局のところ、現金化を加えることで、月々の返済が借金と合せて更に増え、パチンコもまったくやめることができないため生活は苦しくなり、お金の悩みばかりだったので精神が疲れきっていました。
仕事は続けていたものの、何より自分の今の状況はギャンブルのために仕事をしている以外の何ものでもないと感じ、その事実がより自分を追いつめました。
その後私は、大分時間を要しましたが、借金について親と話し、仕事を休職してギャンブル依存症の施設につながっています。
「依存症から回復し、本当の意味で自立したい」。それが今の私の思いです。
現在

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